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財布を開いてギョッとした。 札が一枚も入っていない。 そっ、そうか あきたエコ&リサイクルフェスティバルへ行って 少しばかり寄付して 医者に行って アキタパークホテル東館のレストランパークで大好きなポークソテージンギスカンソース(後日秋田のうまい物で紹介予定)ご飯大盛りを食べて 薬局へ行って 高速道路の料金を払って 小物と手ぬぐいを買って・・・・・・ 無くなるはずだ。 写真は手ぬぐい 昨日所用があって湯沢市へ行って来た。 帰りに、羽後町の蕎麦まんじゅうが欲しくて湯沢駅の売店に寄った。 目的の物を買って、さて、湯沢は日本酒で有名、両関の銀紋を買おうと思った。 ちょうど2本置いてあって、じゃあ同僚に一本プレゼントするのにちょうど良い。 2本くださいと。 そうしたら冒頭のような情景になったというわけだ。 で、結局両関と爛漫のワンカップ一本ずつ購入。 湯沢は幼い頃住んでいた町で、懐かしいところだ。 まだ、高度成長に入る前で、団塊の世代が小学生の頃。 町には人が溢れていた。 一番印象に残っているのは、七夕絵どうろう祭。 市民が美人画を描いて絵灯籠にするのだ。 幼いながら美しい女性の姿を描いた絵灯篭には目を奪われたものだった。 ある年の七夕絵どうろう祭の時は、商家の屋根の上にテレビが置かれ、映像が見えたとか見えなかったとか・・・・・ 秋田ではまだ放送が始まっていなかったはず、どうやって電波を拾ったのだろうか。 母もあの絵灯篭を一度見に行きたいと言う。湯沢を出てから一度も見に行ってないから、来年でも一緒に行こうか。 その他にも犬っこまつりや大名行列、小さい町ながら話題には事欠かなかった。 またある時には、美空ひばりだとか、その他流行歌手がいわゆるドサ回りでやって来て、高校の体育館で公演した。まだ、文化会館とか、立派な公民館がなかった時代だ。 道では、同じ部隊にでも所属していたのだろうか、敬礼するおじさんたちを見た。 学校の給食はまだ無くて、農家の子供達の弁当のおかずは漬け物だけというのもあった。 勤め人の我が家は、卵焼きと塩引きが入っていて、これはこれで結構な弁当だったのだ。 山美しく人貧しかった。 商店やよその家を訪ねる時「ごめんください」の代わりに「ハァーエ」と声をかけた。挨拶の仕方は、全国様々だと思うけれど、少なくとも県内何カ所か転居した私は同じようなかけ声を知らない。 ごめんくださいみたいによそ行きのよそよそしい挨拶よりもこちらの方が情がこもっていて良かったような気がする。祖母は、ここは彼女の故郷の言葉よりも優しいと言っていたから、穏やかな気風がそうした言葉を作ったのかも知れない。 一番不思議だったのは、ドアやふすまを指一本入るくらい隙間を開けておくことだった。公衆浴場でも脱衣場と浴室のドアを少し開ける。すると、冬はすきま風が入ってきて寒い。締めるとまた次の人が開ける。 この話を湯沢市の若い人にすると、やはり彼のおじいさんが同じことをしていて、彼も疑問に思っていたという。 私たちが住んでいた地域は、湯沢市の三関という地区。三関音頭というのがあった。冒頭の部分だけだが、50年近く前の歌を覚えている。これも三つ子の魂百まで? ”三関は野菜の村だよ”で始まる。 冬、まだ積雪の深い中、雪を掘り起こして、ひろっこを収穫したり、セリつみをしたりする光景がニュースで流される。それはここ、湯沢市三関だ。 湯沢は、漬け物でも有名、残念ながら駅の売店には私の欲しい漬け物はなかった。工芸品といっても良いくらいの素晴らしい細工の漬け物があったのだが、今は無いのだろうか。 駅前に湯沢雄勝地方の物産の展示即売場なんかあればいいのだが。 結構良いものがあるのだけれど。 良い物といえば、素晴らしいものを発見した。 秋田の原風景シリーズ ささきゆみこさんという方の切り絵を写真にした絵はがき ここで紹介したいのだけれど著作権の問題があると思うので、こちらでどうぞ |
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PMA ジャズ 第8回あきたエコ&リサイクルフェスティバル
山王に向かうバスの中から外を見ると日銀秋田支店の横でテントが見える。 ...続きを見る |
秋田がらくた箱 2008/09/06 23:40 |
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